所長ごあいさつ
これまで8年半所長を務められた玉尾皓平先生の後を継ぎ、今年度豊田理化学研究所の所長を拝命しました天野浩です。
今まで経験したことの無い大役に身の引き締まる思いです。この話を伺ったのは菊池昇常務理事からでした。常務理事には文部科学省の卓越大学院という5年一貫の人材育成の取り組みで名古屋大学が実施しているDIIプログラムの外部諮問委員を設立当初の2018年からお願いし、ずっと指導して頂いております。正直にいえば、“私に務まるわけ無いでしょ”、と言う気持ちでした。一応大学の研究所内のどちらかと言えば小さなセンターの長ではありますが、大きな組織の長をやった経験は全くありません。ただ常務理事から豊田理化学研究所の現在の活動の説明を伺っているうちに、大変素晴らしい組織で多くの活動をされていることが理解でき、次第に興味が沸き立って来るのを感じたことも事実です。特に、“天野さんは人材育成で大変努力されている”、という言葉を頂いて決心がつきました。
まずは豊田理化学研究所について勉強しなければ、ということで1940年9月につくられた設立趣意書を読ませて頂くと、明治時代の欧米からの技術導入と模倣に徹することによる海外からの低い評価に対する心情、第二次大戦による欧米との途絶と自ら研究開発を進めることの必要性、学理追求を行う人材とともに学理の追求と工業化を両輪として進めることの必要性、更に研究者が真に研究に没頭できる環境の提供が設立の目的であることが述べられており、まさに時を超えた普遍的な内容で、現代にも充分当てはまる目標を掲げられていたことがよく分りました。
また事業を見ますと、第一線でご活躍出来るのに定年退職を迎えられて研究環境が変わってしまったフェローの先生方、若手研究者の豊田理研スカラーの皆さん、スカラー同士による共同研究、特定領域研究への研究支援、スカラーとフェローの交流を促進する異分野若手交流会、私も昨年度参加させて頂いた物性談話会、及び海外の大学院で博士号取得を目指す学生への留学支援など、まさに設立趣意書に書かれた目標を実際に実行されている事がよく分ります。
人材育成について考えてみますと、大学は次の世代を担う人を世に送り出すことが社会から与えられた責務であります。年代で言えば2020年代後半から2030年代を支える人材です。ノーベル賞受賞者が、どの歳でその研究を行ったかをまとめた論文がありますが(R. Bjørk, The age at which Nobel Prize research is conducted, Scientometrics (2019) 119:931–939 )、それによりますと、分野毎にばらつきはあるものの、おおよそ人生の中で30代半ばから50代半ばまでに集中しているそうです。そこから考えると、今から50年後の2070年代に活躍するのは今の小学生と言うことになります。個人的には、若手研究者から、大学生、高校生、中学生から小学生に至るまで豊田理化学研究所の人材育成の活動を広げる事が出来れば、と思っております。50年後の日本の姿を頭に思い浮かべ、そのころの社会を先導している人材が、豊田理化学研究所のフェローやスカラーであったとなれば、その活動に関わる皆様もこれ以上の喜びは無いと思います。
私としても、折角頂いた機会でありますので、豊田章男理事長のもと、フェローとスカラーの新技術研究開発の支援と共に、これからの50年を先導する人材の輩出を目指して取り組んで参りたいと思っています。皆様の益々のお力添えをお願いいたします。
2024年6月26日
公益財団法人 豊田理化学研究所
所長 天野 浩