設立趣意書
設立趣意書
本所設立者の先考豊田 佐吉(国定教科書に掲載の自動織機の発明者)は、独創的発明の天賦を以て一意発明研究に志せるも、資金欠乏の為め志空しく挫折するに至れるを以て、先考は研究資金を得る為め親近者を網羅して営利会社を設立し、自らは刻苦初志の発明研究に没頭し、遂に自動織機の発明を遂げて、而も之が製作所即ち豊田自動織機製作所を設立したり。
茲に於て本発明者は、自己の嘗めたる苦痛を後進に味ははざらしめ、又永遠に発明研究せしむることを希望し、社業の定款に発明研究を為すべきことを明示して、之が経費の支出をも規程せるに依り、同社は過去数十年間に各種の研究を遂行し、右自動織機の根本的改良と、従来我国にて未だ製作されず而全世界に於ても研究の域を脱せざりしハイドラフト精紡織を完成して、昭和6年以降紡機の輸入を完全に防圧し、加之、海外の市場にまで進出し、更に国産自動車の製作方法の研究に移り、之を完成して国産自動車供給の端緒を開きたり。斯の如く故人の遺業は隆盛に赴くと共に、同社発明研究の目的亦順次遂行されつつありと雖も、一営利会社内にて之を行なふは、其の事業に直接関係あるものの研究発明に偏し異種の研究は事業と相剋あり、延て同社創立の真意に悖るなきを保し難く、新に本財団法人を設立し広く理化学に根底を有する研究を行なひ、一は以て国益の増進に貢献し、一は以て故人の業績を永久に記念せんとす。我国は、明治初年以来欧州文明を吸収消化し、茲数十年間に著しき発展をなし、最近に至りては最早欧米一等国に遜色を看ざるに至れり。斯く短時日に急激なる進歩発展をなせる為め、従来、外国文明を取り容るに全力を注ぎたる結果、外国人は我が国民を模倣に長じたる国民と思惟し、我も亦此の範疇を脱し得ざるもの多々あり。
今や、第二次欧州大戦に際会し、欧州文明を取り容るゝの殆んど至難にして、且つ列国共に研究部門を閉して己の長所を窺知し得ざらしむるに腐心しつつある秋、愈々独立独歩自ら研究し自ら新しき道を開拓すべき研究所の設立は、焦眉の急務たり。顧て、現今に於ける研究発明の状態を観るに、明治時代に於ける如き偶然又は僥倖に基く発明は之を期待し得ず、深淵なる学理の進歩と之に伴ふ専門的設備と学理的素養を有する人的要素に待たざるべからず。理化学的深淵なる原理の探求は、其の根本的方面に於て相関々係を有するもの尠からず。其の枝葉より観れば非常に間隔あるものも、其の根本に於ては同一原理に出発するものにして、一つの研究は予知せざる他の研究の補助となり、又は原理となることあり。「依て本所は研究事項を限定せず」寧ろ根本的原理の探求を主とし、之によりて生ずる枝葉的研究に於て、国家に生産的有利なるものは之が工業化を図り、学理的発達を助長するものは、之を学理的立場より発表すると共に、益々深く之に進む所あらしめんとす。要は形而下、形而上両方面の研究を行なふに在り。而して、研究者の思ふ所に従ひて真の研究を遂げしめんと欲せば、生活の不安、研究の不安、将来の不安を有せしめず、研究者先天的の天賦又は性質に任せ、自由なる立場に置て初めて真の研究は完成さるべく、之が達成の為め研究者の自由意志を尊重し、人物主意の研究をなさしむべき研究所を作り、此所に於て亦新しき研究員をも養成し、人物の出現と研究範囲を拡大し、以て社会国家に貢献せんとす。
設立者
トヨタ自動車工業株式会社 副社長
豊田 喜一郎
(1940年9月)