RESEARCHER STORIES
Episode-02

異なる専門領域をつないで
血管老化の課題に挑み
新しい健康の可能性を拓く

杉山夏緒里Kaori Sugiyama

防衛医科大学防衛医学研究センター 助教

豊田理研スカラー(2023年)

豊田理研スカラー共同研究
Phase 1(2024年)

豊田理研スカラー共同研究
Phase 2(2025年~)

2017年にドイツのFraunhofer IGB/University of Tübingenにて客員研究員を勤め、2020年は、筑波大学の生存ダイナミクス研究センターTARAの博士研究員、客員研究員として従事。同年に、早稲田大学の理工学術院総合研究所にて次席研究員を勤め、2024年にはナノ・ライフ創新研究機構の次席研究員、招聘研究員として従事。同じく2024年から防衛省の防衛医科大学校にて、防衛医学研究センターの助教となり、ラマンイメージングと、大動脈瘤を始めとする血管病態の解明をテーマに研究を展開。2025年には、国立研究開発法人物質・材料研究機構における訪問研究員も勤める。

SPECIAL INTERVIEW

血管老化の克服を通じて人々の健康寿命延伸を目指す、杉山夏緒里助教。血管の“しなやかさ”に焦点を当て、多様な分野の研究者と協働しながら研究を展開する杉山助教に、研究への想いやリーダーシップ、後進育成への姿勢を語っていただきました。

CHAPTER - 01研究テーマ

血管のアンチエイジングを通して
健康な超高齢化社会に貢献

研究テーマ

しなやかさに着目した
血管老化モデルの構築

現在取り組まれているスカラー共同研究のテーマについて、内容を簡単に教えてください。

心臓からの血液を全身に運ぶ大動脈の壁は、血管細胞と細胞の隙間をうめる細胞外マトリクス(ECM)という構造体で構成され、ECMの主要成分のひとつに弾性線維(エラスチン)があります。エラスチンは血管の「しなやかさ」を保つために重要ですが、再生が難しく、加齢などで弾性線維が壊れると、さまざまな疾患を引き起こします。そのため、超高齢化社会の日本では血管老化の予防法が切に望まれます。
そこで私たちは、血管生物学、ラマン分光、マイクロデバイス、磁気計測、ナノ粒子、イメージングなど多分野の最新テクノロジーを持つメンバーでチームを組み、生体内血管の「しなやかさ」を低侵襲的に計測する技術を使って、生体血管を再現する人工デバイス作成技術の開発に取り組んでいます。
この基盤技術が確立できれば「しなやかさ」維持のための物質探索が飛躍的に進み、血管のアンチエイジング実現につながりますし、他の臓器へ応用する可能性も出てくると考えています。

血管のしなやかさを追究する
研究者の輪の広がり

どのような経緯で現在の研究テーマに至ったのでしょうか。

もともと私はラマンイメージングを使った血管病態の解明を行っていました。2023年度豊田理研スカラーに採択された研究テーマで、大動脈瘤破裂の関連因子の探索を行いました。
2023年の異分野若手交流会に参加したところ名古屋大学の清水先生からお声がけいただき、お互いが持つ研究テーマと技術を使って血管モデルや血管特性の評価技術を作れないかという話になりました。2024年度に「マイクロデバイスを用いた老化血管モデルの構築とラマン分光による評価技術の確立」というテーマでスカラー共同研究フェーズ1に採択され、血管モデルができそうな感触を得ました。
この結果を発展させ、2025年度からスカラー共同研究フェーズ2を開始しました。フェーズ2では、新たに磁気ナノ粒子・磁気イメージングの専門家である静岡大学の大多先生、ナノ粒子・光音響イメージングがご専門の京都大学の三浦先生に加わっていただき、血管の「しなやかさ」を測定、評価する技術の開発と「しなやかさ」を反映した血管モデルの構築というテーマを連携しながら進めています。「しなやかさ」の新しい計測技術開発を行い、血管老化抑制物質の探索につなげていきたいと思います。

CHAPTER - 02研究の魅力

垣根を越えて学びを取り込み 新しい視点を切り拓く

研究者の道に進まれたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
また、研究していて面白いと感じるのはどのようなところでしょうか。

昔は医師になりたいと思っていた時期もありましたが、学生時代にバックパッカーでいろいろな途上国を回った際に考えが変わりました。現地の生活を目にし、日本という環境の中で自分が貢献できるのは何かと考えました。目の前の患者さんを救うのも大事なのですが、新しい薬がひとつできれば、非常に多くの人を救うことができます。そのため、より多くの人に影響が与えられる、新しいものを生み出すことが自分のやりがいになるのではと考え、「研究」を意識しました。本格的に研究に踏み出したきっかけは卒業研究をボスに褒められたことです。自分なりに研究を進め、アミノ酸の新しいラジカル反応を見つけた時、「これはすごい発見だよ。世界で初めてだ!」とボスが感動して、ものすごく褒めてくださいました。これが自信となり、研究の道に進む後押しとなりました。その後留学などを経験するうちに病態・解析・イメージングの融合領域を切り拓く研究をやりたい思いが強くなり、自由に研究できるアカデミックに進み、現在に至っています。
研究のいいところは、新しい現象に出会えること、そして文献やデータを手がかりに創造的に考えを深めていけることだと思います。自分の立てた仮説がリアルな実験で確認できたり、データ解析でいろんなパラメーターが想像していたものになったりすると面白いですね。1つでも多くの知らないことを知ることができる、新しい世界の扉が開く瞬間に、研究者としての喜びを強く感じます。

これまでの研究の中で、大きな転換点となったのはどのようなことでしょうか。

大学院の時、研究が嫌になって、やりたいことはなんなのかわからなくなった時期があったのですが、ちょうどその際にドイツへ留学する機会がありました。
大学院のラボはマウスを使った実験が中心でしたが、留学先は組織工学のラボで、3次元培養モデルやラマン分光などの新しい技術に接することができました。新しい技術を見て回るうちに好奇心が湧き、ディスカッションの中からアイデアが浮かびました。帰国後ボスにプレゼンしたところ「面白そうだね、やってみようか」と大変評価してもらい、アイデアをプロジェクトにすることができました。研究する意味を見失いかけた時、全く新しい環境に行って知見を広げ、生み出したアイデアを評価してもらえた体験は大きなターニングポイントでした。
研究を外へアピールすることもとてもいい経験だったと思います。学会発表を通して自分の研究を積極的に発信する機会が増え、そこで出会った先生方とディスカッションを行うことで、思いがけない助言や刺激を受けました。議論を重ねることで解析技術を深めるきっかけが生まれ、新たな共同研究につながる出会いもありました。こうした交流を通じて研究の視野が広がり、”自分の研究が社会とつながる楽しさ”を実感できたことも、私にとって大きなターニングポイントだと思います。

CHAPTER - 03理想の研究者

異分野の知を結合して
生み出す新分野の地平

こんな研究者になりたいという人物像を教えてください。

偉大な研究者としてはシュレーディンガーを尊敬しています。シュレーディンガーは量子力学の創設者のひとりですが、分子生物学を開拓した人物でもあります。20世紀前半に生物現象を数式や公理、物理学的視点から理解しようとした着想、構想は大変面白く非凡で、研究者の理想と憧れです。
研究分野で言えば、私はこれまで光化学、血管生物学、分光学、数理解析と異なる分野の技術を積み重ねてきました。異分野を知ることは大変刺激的ですし、自分の研究を広げるチャンスでもあります。学部時代の恩師に、「サイエンスはすべて面白い。面白く感じないのは自分の知識不足」という言葉をいただいたことがあります。これは、異分野研究を行うにはピッタリな考え方だと思います。広い視野を持ち、自分の知識を増やすことで、独創性の高い研究を行っていきたいです。
私の理想のメンターは、これまでに出会ったメンターです。教育者としても研究者としても尊敬できる存在で、褒めて伸ばすことを基本に、ケアすべき部分とあえて見守る部分のバランスが実に絶妙でした。学生の力を自然に引き出していくその指導スタイルは、本当に見事だと感じています。さまざまな先生方の良いところを取り入れながら、自分自身のスタイルが作っていけたらと思っております。研究者としての理想像はまだ模索中ですが、研究に対する楽しさやワクワク感を大切にしていきたいと考えています。

学生や若い研究者の方を指導するときに心がけていることは何でしょうか。

学生とはコミュニケーションを取りながら相手の理解度を把握して指導することを心がけています。これは、前職の国際コースで授業担当した時に学びました。各国の高校教育の内容が異なるため、相手の知識レベルを把握して授業を進めることに苦心しました。また、授業の中で、それは本当なのか、なぜこの回答はダメなのかと問われることが多くあり、理由や根拠を示して相手が理解、納得できる説明を心がけるようになりました。
指導には実習や実験もありますが、実験がただの作業にならないよう、学生が考える癖をつけるように工夫しました。実験前に内容と予想される結果を説明し、終わった後に結果が予想どおりか、異なっていたらなぜなのか、その結果を何かに使えないか、などポジティブにディスカッションしました。
でも実は、学生に指導する時には、私が学生から学ぶことも多いんです。学生のバイタリティや成長に刺激を受けますし、若い学生は考え方が柔軟で、発想や悩みに新しい発見があります。教育に貢献していると思う一方、学生からも元気や学びをもらっています。

MESSAGE

信頼できる仲間とともに
研究を新しいフェーズへ

複合領域の共同研究を行う上で大切なこと、心がけていることは何でしょうか。

共同研究を進める上で一番大事なのは仲間へのリスペクトと信頼関係だと思います。これが無いとクリティカルな深い議論ができませんし、楽しい雰囲気の中で自由に意見を交わせる人間関係もできません。自分が一緒に研究をやりたいと思える人と面白いテーマでチームを組むのが共同研究の出発点だと私は思います。しかしそのような人を探し当てるのは難しく、常に頭を悩ます問題です。
異分野のメンバーと研究するときに特に欠かせないのが相互理解です。例えば、同じ用語でも分野によって意味が違ったり、専門分野の常識が分野外では通じなかったりします。そのため、分かること・分からないことをお互いに理解することが大切です。その過程で考え方の違いに気づいたり、新しい発見があったりするので、異分野の方と話すのは頭のトレーニングにもなります。

研究者を目指す女性の方へメッセージがあればお願いします。

現在、研究者は男性優位と言うわけでもなく、むしろ優秀な女性がたくさん活躍していると思います。私自身も、大学院から現職まで女性リーダーの元で学びました。性別は関係ないと思うのですが、私生活と研究のライフワークバランスは非常に難しいため、乗り越えるためには周囲の理解とサポートが必要です。お互いの状況を理解し、支え合う関係は良いチームワークにも通ずる重要な点だと思います。

最後に、豊田理研の取り組みに対する期待があればお聞かせください。

豊田理研には自由なアイデアによる挑戦的でユニークな研究をサポートしていただき大変感謝しております。いろいろな分野のメンバーと研究に取り組む貴重な経験を通し、研究を広げる可能性と人間としての成長を感じています。
異分野若手交流会は、いろいろな分野の研究者の方とオープンに、楽しく交流できるコミュニティです。日常を忘れて純粋にサイエンスを楽しめ、共同研究者に出会う機会を提供してくれる貴重な場です。これからも是非続けていただければと思います。
豊田理研の支援は若手研究者にとって大きな助けになっています。少額でも長期間の支援があれば若手研究者の一層の支えになると思います。

※インタビュー内容、所属などは取材当時のものです。

PROFILE

学位

博士(人間生物学)(筑波大学)

専門分野

医化学、応用生物化学、生体医工学、病態医化学

主な経歴

2017年 Fraunhofer IGB / University of Tübingen 客員研究員
2020年 筑波大学 生存ダイナミクス研究センターTARA 博士研究員
2020年 筑波大学 生存ダイナミクス研究センターTARA 客員研究員
2020年 早稲田大学 理工学術院総合研究所 次席研究員(研究院講師)
2024年 早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 次席研究員(研究院講師)
2024年 防衛省 防衛医科大学校 防衛医学研究センター 助教
2024年 早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 招聘研究員
2025年 国立研究開発法人物質・材料研究機構 訪問研究員
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