CHAPTER - 01研究テーマ
量子幾何学の視点で挑む電子の「常識」を超えた動きの解明
研究テーマ
量子幾何学
非対角輸送応答の開拓
現在取り組まれている研究テーマについて、内容を簡単に教えてください。
私たちは、物質の中で電気がこれまでとは異なる法則で流れる現象を研究しています。これを「非対角輸送応答」と呼び、その仕組みを量子幾何学の視点から追究しています。
よく知られているホール効果では、電流が流れている板状の物質に垂直な磁場を加えると、電子がローレンツ力を受け、その流れが曲がります。これは、電磁気学で学ぶ基本的な応答です。ところが、私たちが研究している特殊な物質では、そのような磁場がなくても電流の向きが横方向にずれることがあります(面内異常ホール効果)。この不思議な動きを理解する鍵が量子幾何学という考え方です。
量子幾何学では、電子を単なる粒子ではなく波束(波の塊)として扱い、電子の波が重なり合うことで作られる模様や凸凹が、電子にとって地形のように働き、その地形に沿って電子の動きが決まると捉えます。この観点から解析すると、これまで知られていなかった電子の流れが明らかになります。
私たちは、特殊な性質を示す薄膜を自ら作製して詳しく調べ、電子の流れる新しい「道筋」の設計に挑んでいます。この研究が進めば、将来的にはエネルギー損失の少ない電子デバイスや、これまでにない仕組みで動く革新的なデバイスの実現につながると期待しています。
独自の薄膜作製技術を武器に
新現象の実証へ
実験ではどのようなアプローチを取られているのですか?
非対角輸送応答を正確に測定するために、私たちは「薄膜」と呼ばれる、極めて薄い膜状の試料を自ら作製しています。
実は、この薄膜を作ること自体が非常に難しい。現在私たちが扱っている、量子幾何学の効果が強く現れる特定の物質については、世界で私たちのグループだけが薄膜化に成功しています。この「自分たちにしか作れない試料」があることが、研究に取り組む大きなきっかけであり、最大の強みになっています。
自分たちで作製した唯一無二の試料を使ってアイデアを直接実証できるからこそ、腰を据えて次の新しいアイデアを練ることができます。
面内異常ホール効果を世界で初めて実証したときの経緯をお聞かせください。
この効果の考え自体は古くからあるもので、初めて効果を実証した「特定の物質」も、もとは別の興味から薄膜作製を進めていました。ただ、独立のタイミングで自分の試料と装置でできることを懸命に考えた結果、この物質が面内異常ホール効果の実証に非常に適していることに気づいたのです。
効果が見えたときも、最初は半信半疑でした。ただ角度がズレているだけではないかと。それでも、もう一度測定し、他の試料でも確認を重ねるうちに、だんだん本物だと分かってきて、喜びが湧いてきました。
また、物理の分野で量子幾何学という考え方が少しずつ注目され始めていて、自分たちのデータもこの視点から見れば、非対角輸送応答の意味をより分かりやすく説明できるのではないかと考えました。最初にそう思いつくことも、それを理論として整理していくことも簡単ではありませんでした。測定を繰り返し、得られた結果を量子幾何学の視点から丁寧に読み解いていく。その積み重ねによって、面内異常ホール効果を初めて実験的に示すことができました。
CHAPTER - 02研究の魅力
好奇心を原点に自分の手で確かめる研究へ
研究者の道に進まれたきっかけや、現在の研究スタイルに至った経緯を教えてください。
小学4年生くらいまでは料理人になりたいと言っていたそうですが、高学年のころ、空や光といった身近な自然現象に興味を持つようになりました。そのような現象にはきちんとした説明があり、それらが普遍的な法則としてつながっていて、さらにまだ解明されていないことも残されていると知った時、「面白いな」と思いました。それが、今の自分につながる原体験だったように思います。
中高ではどちらかというと数学に熱中していましたが、材料に興味があり大学は京都大学の材料科学コースへ。原子がどう組み合わさって材料ができるのかを学んだことが、今の薄膜作製の土台になっています。大学院では、研究対象としてはやはり物理が面白いと考えて十倉先生※1の研究室へ進み、研究への熱意と、発見を見逃さない姿勢を叩き込まれました。
その後、かねてから海外で研究したいと考えていたこともあり、コーネル大学へ。実験技術を磨くと同時に、周囲の研究に対する必死さや積極性に衝撃を受けました。研究対象を塊(バルク)から薄膜へと切り替えたのもこの時で、大きな転換点でした。帰国後は材料の専門家である川崎先生※2のもとで、「自分にしかできない研究とは何か」を徹底的に考え抜く訓練を受けました。独立した今、この時の経験が本当に貴重だったと感じています。
こうして振り返ると、材料、物理、薄膜と、さまざまな経験をして来ましたが、その一つひとつがバックグラウンドとなって線でつながり、今の研究を支えています。
※1 十倉好紀先生 東京大学東京カレッジ 卓越教授
※2 川﨑雅司先生 東京大学大学院工学系研究科 教授
研究をしていて面白いと感じるのはどのようなところでしょうか。
研究で面白いと感じるのは、最初はよく分からないと感じる結果でも説明がつく可能性が広がっているところです。また、物性物理は宇宙のような分野と違って、自分の手元でほぼすべてを制御し、実験的に確かめることができます。私はそこに意味を見出していて、この分野は本当に自分に合っていると感じています。
自分で試料を作り、それを使ってアイデアを実証する。これはまさに、自分の手で確かめるという面白さそのもので、そこから次々とやりたいことがつながっていく感覚があります。
今、AIの活用が急速に進んでいますが、AIが出してくるようなアイデアは、誰もが思いつくものでもあります。だからこそ、自分の手を動かす実験から、自分にしか気づけない現象を拾い上げる実験的な研究の価値は、これからさらに高まっていくと思っています。
CHAPTER - 03理想の研究者
熱意とオリジナリティを軸に
壁さえも発見に変える研究者へ
理想とする研究者像や、研究に向き合う上で大切にしていることを教えてください。
尊敬する研究者は、やはり大学院時代の恩師である十倉先生です。研究への熱意が際立っていて、その熱意があるからこそ膨大な知識が蓄積され、ささいなデータからでも新しい発見を導き出せる。間近でその姿を見て、研究者にとって熱意がいかに大切かを学びました。そうしたあふれる情熱が周囲にも伝わり、新しい分野を切り拓いていける、そんな研究者が私の理想です。
一方で、当たり前かもしれませんが、実現可能性・インパクト・独創性の3つをなるべく高いレベルで満たすテーマを設定することを重視しています。実現の見込みが立たないテーマに時間をかけても仕方がないですし、新しい知見が得られない実験や、他の人にもできることであれば、やはりやる価値は薄い。こういったことを考えながら、自分たちにしかできないテーマを見極めていき、論文のタイトルだけで誰の仕事かわかるほどのオリジナリティを出すのが目標です。
研究において、「壁」とはどのようなものだとお考えでしょうか。
研究において、予想通りにいかないことも新しい知見だと考えています。薄膜作製では、狙ったものとは違う物質ができることも多く、そこから新しい発見が得られることも少なくありません。
むしろ、研究において最も大きな壁は、「壁に気づけないこと」だと思っています。一見うまくいっていないように見えるデータでも、別の角度から見直すと、実はそこに面白い現象が隠れていることがあるからです。だからこそ、豊富な知識と、常識を疑う柔軟な発想をもって壁に気づくことが大切だと思っています。
学生の指導においてはどのようなことを大切にされていますか。
学生を指導する際は、まず研究の面白さを伝え、熱意を持ってもらうことを大切にしています。物理の教科書で学んだ現象が、実験結果として出てくるんだと実感したときに、研究の面白さを感じる学生が多いと思います。大学の物理では普段目に見えないようなものを勉強しますが、研究室に入って電子の動きを実感するような体験をすると、そこで知識と感覚が一気につながる。さらに言えば、教科書や論文にも載っていない、まだ誰も知らない現象に出会える可能性もある。その面白さまで伝えられたら一番だと思っています。
面白さが分かれば情熱が持てるし、情熱があればこそ知識も積み重なっていく。そして、実験現場での小さな変化や進展を見逃さないようになっていきます。日々の取り組みのなかで成功体験を積み重ねていけば、あとは自然と成長していくと信じています。
PROFILE
学位
博士(工学)
専門分野
物性物理学
主な経歴
| 2007年 | 京都大学 工学部 物理工学科(材料科学コース)卒業 |
|---|---|
| 2009年 | 東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 修士課程修了 |
| 2009年 | 日本学術振興会 特別研究員(DC1) |
| 2012年 | 東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 博士課程修了 |
| 2012年 | 日本学術振興会 海外特別研究員(コーネル大学Kyle Shen研究室) |
| 2013年 | 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻・ 附属量子相エレクトロニクス研究センター 助教 |
| 2018年 | 東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻・ 附属量子相エレクトロニクス研究センター 講師 |
| 2018年 | 科学技術振興機構 さきがけ研究者(兼任) |
| 2020年 | 東京工業大学 理学院 物理学系 准教授 |
| 2022年 | 科学技術振興機構 創発研究者(兼任) |
| 2024年 | 東京科学大学 理学院 物理学系 准教授 |